物を大事に扱う習慣は人生を安定させるかもしれない説

物を大事に扱う習慣は人生を安定させるかもしれない説

作業着や靴などの商売道具や住んでいる家を大事に扱っていると物にも神が宿ってくる気がするのは気のせいか?

物を大事に扱うことは人生を安定させるかもしれない

ご訪問ありがとうこざいます。
趣味で執筆活動中です。
100人いれば人生は100通り。
これが正解というものはないと思います。
気楽に読み進めてくださいね。

皆さんは神や仏のような
何か見えない存在の
気配のようなものを感じることはないだろうか?
日々の生活に追われて気付かなかったが
誰もいないのに物音がする
そういえば亡くなったおばあちゃんの命日が近い

お彼岸の少し前くらいから
何だか部屋に奇妙な違和感がある
怖いわけではないのだけど
何かいる気配がする
僕は存在を信じないわけにいかないほど
いろいろなことを見たり聞こえたり感じたりしている
信憑性を疑われる兼ね合いから
体験をつぶさに話したいけれども
淡々と書いていきます

ただそういった存在は
あなたの住んでる家にも
家の周りにも
会社の建物の中にも
敷地内にも
見えないだけ
何もしてこないだけ
おそらくたくさんそういった存在はいるのさ
怖いもの、悪さをしてくるものとつい思ってしまう
でもそれは誤解で悪いものはそれほどいないし
それどころがあちらが興味を示せば
いろいろ根回しをして助けてくれる
人間と同じように
それらは感情を持っているし
本当に力を持っているものもいて
それを我々は神様と呼んでいるのかもしれない
生きている者たちの援助がしたくて
うずうずしているものも実は多い

何事においても運が向かなくて気にしてるなら
思いきって引っ越しをすると良い場合も多い
やはり先住民の影響は受けるようだ
できれば内観で訪れたときに
感動するくらいの感覚を感じる部屋が良い
建物が古くても新しくても、そんなことよりも
その感動という感覚は大事にしたい
住む家で人生が変わるほど
その影響力は絶大だと思う
仕事場にしても
何か気味の悪い感じのする場所や部屋は
あまり近づかない方がいいかもしれないね
毎朝カーテンやブラインドを開けて
日光を入れたり
窓を全開にして
きれいな空気を入れることも
毎日すると自然と運が向いてくる
自宅でさえ、それをしないのは
人生の半分損をしているかもしれない

何だか気味が悪いなと思った時に
トイレの蓋は空いてるし扉も開いていることが多いよ
トイレの便座の蓋は必ず閉めましょう
扉もね
最近は僕もあちらの方からの
少し干渉は減ったけれども
それが良いのか悪いのかは分からない
変だなと思うぐらいの時の方が
いろいろ手を貸してくれている時期なのかもしれない

スマホのアプリで幽霊探知機みたいな
ジョークソフトがあるけど
割とガチだからやめた方がいい
遊び半分でそういうことをすると
あちらの方々は怒る
怖い思いをするのが関の山
怖がって遊ぶのではなく
そんなアプリは入れたりせず
お互いの境界を守っていれば
力を貸してもらえることも多い

家も人が住まないと
傷みやすいというでしょう
おそらく家も生き物なのさ
あなたも家にエネルギーを与えているし
家からあなたはエネルギーをもらっているのですよ
たぶん呼吸しているようなものかも
だから賃貸のアパートでも
自分の家じゃないからといって
雑に扱っても構わない気でいると
家からもらえるエネルギーは
質の良いものではないかもしれない
たとえ賃貸でも
自分の持ち物のように
大事にしないといけない
住んでいる家で人生は本当に変わるものだから
粗末な扱いは僕が思うに完全にNGです
住んでいる以上
掃除をしたりキレイにすることは力をもらうために必要です
もともと家で一緒に住んでいる
あちらの世界の方にも失礼です
※何も住んでいない家はほぼないと言われています

僕は通勤に使う車や作業着を
気付いたら大事にするようになっていました
ちょうど運が向き始めた頃から
自然と物に対する接し方も変わった気がします

貧乏だったころは
生活を支える仕事に対する道具に対しても
壊れたら新しいのを買えばいい
まさに使い捨てでした
そこに感謝も何もありませんでした
振り返るとそんな感じだったように思います

今は会社から支給された作業着さえも
ホックが壊れた
ボタンがなくなった
ポケットに穴が開いた
そんなことは頻繁に起きますが
そのたびに持ち帰り
リフォームに出したりするようになっていました
会社の作業着なんだから
新しいのもらえばいいじゃん
その通りなんですが
無意識にリフォームに出すことを当然のように始めていました
理由も、いつ行動が変わったのかさえも分からないのですが
思うに、自分を支えてくれた作業着には
愛着があって長く着たかった・・・
あれ?いつからこんな風に行動が変わったのだろう?
新しいのもらえば、それで済むのに。。。

車にしても
ぶつけたら即修理に出す
オイル交換は3000Kmでやってます
車検の時は提案されたものは
すべてOKを出します
部品の耐久度を調べて
壊れる前に次々と部品は交換してしまいます
コーティングもかけていますし
新車時の値段は100万円前後の
低価格な軽自動車ですが
何だか愛着があって
「もういい加減新しい車にしたら?」
と同僚に言われるのですが
高くついても壊れる前に部品交換して
その甲斐があって今まで一切故障なしです
コーティングもかけてますから
今でもとても外観はキレイです
車は苦楽を共にしてきた仲間なんです
貧乏時代に僕が持っていた価値観で
「壊れたら新しいのを買えばいい」
この「使い捨て」の感覚が
気づいたら僕の中からなくなっていました

皆さんは、こう思うかもしれません

それはお金があるからできるんでしょ

商売道具を雑に扱わなかったからお金に困らなくなったのか
お金があったから商売道具を大事にできたのか
この辺のところが鶏が先か卵が先かの話で
不思議なところなのです
以前はその日の食べ物にも困るほどの貧乏人でした・・・
そして今も転職もしていないですし
ましてや昇給も10年ありません
作業着や住む家、通勤に使う車など
物も使っているうちに
念というか、魂というか、生命のような
エネルギーが貯まり
互いに干渉しあっているのでは?
今ではそんな風に考えるようになりました

仕事での対人関係は良好ですし
ストレスもありません
投資も割と順調
若いころの僕は毎日の仕事も私生活も辛く
何をやってもうまくいかなかった時期が長く続きました
今はなんたかんだトラブルは起きても
僕が何もしなくても勝手に消滅してしまう
何でも結局思い通りにうまくいってしまう

僕は最低賃金で働いていますが
以前は周囲の方から面と向かって嘲笑われ
悔しくて・・・絶望して・・・涙を流し・・・
そんな境遇をバネにして今の生活があるように思います
周りに僕のような逆転劇を
起こした人間は一人としていません
仕事道具の作業着や愛車や
雨漏りのする築60年ぐらいの賃貸のアパートを
大切にしていることが
今の順風満帆な生活に繋がっているのかもって思う
家からもプラスのエネルギーをもらい
車からもプラスのエネルギーをもらい
作業着からもプラスのエネルギーをもらい
同僚たちからもプラスのエネルギーをもらって
いろいろなものに助けられて
今の生活が出来ているのかもと思うと
もう感謝しかありません
家は呼吸をしていますが
たぶん車も作業着も呼吸しているのです
僕とエネルギーを分け合っているのです
物にも魂のようなものが宿っているのかもしれません
車や作業着からは何も感じませんがそんな気がします

物を大切にし始めたのが先か
うまくいくようになったから
物を大切にし始めたのかは
分かりませんが
たぶん住み家や商売道具を雑に扱わないことは
生活を安定させると思うのです
問題は起きても
僕が動かずとも周囲が解決してくれる
毎日楽しく仕事が出来ているのも
家に住んでいるあちらの世界の方のサポートと
会社に住んでいるあちらの世界の方のサポートを
同時に受けているような気がしてならないのです
興味がわけば、あちらの世界の方も味方してくれるのです
起きる出来事は正直怖い時もありますが
彼らは脅かしているつもりはなく、ましてや悪さをしようとしているのではありません
悪い存在というのは少数で
現世の人間に興味を持って干渉はしてきますが
助けたくてうずうずしている者も多いような気がします
それが死後の世界の人々の
仕事なのかもしれないなと
思う今日この頃です
もちろん周囲の同僚の協力があってこそ
順風満帆な生活が出来ているのです
今の生活は当たり前のように穏やかですが
その当たり前は全く当たり前などではなく
たくさんの協力者と
見えない世界の方々のサポートが
強運をもたらしているのだと思います
感謝しかないですね
最低時給で暮らしている僕が
周りを見渡し
似たような境遇の人が
すべてそうかというと全く真逆で
心にも余裕がなく
浮上する気配もありません
僕は、その日の食べる食事にも困るほど
お金がなくて馬鹿にされ
ダブルワークも始めるようになり
その日暮らしで地味に働いているのを
彼らもすぐ横で見ていました
どうすれば浮上できるかという方法を
すぐ隣で僕を見てて分かったはずです
人間なんてそんなに強くないのかもしれません
彼らも心の中では分かっているはずです
このままではまずいことになると・・・
人間は楽しいことしかできない生き物です
何となく今のままが良いし
変わることはとても勇気のいることです
ダブルワークしたぐらいで大きく人生は変わらない
そうあきらめているのかもしれません
僕がどん底から這い上がることができたのは
僕の能力や資産運用の才能が大きく関係しており
決して同じことはできないと
感じてしまっているのかもしれません
僕がやったことと言えば毎月ちょっと生まれる余剰資金で株を買い続けていただけです
僕が思うに資産運用の才能なんて微塵もないと思います
周りからは僕が証券口座でしていることは見えませんから余計に
「俺にも出来そうだ」と確信が持てなかったのだと思います
株を買い集めていることは周囲によく話していました
それでも周りは投資は怖いって行動は起こさなかったです・・・
運がよかっただけ。そう思っているかもですね
同じようにバイトをして株を買えばいいと
周りも分かってはいたはずですが
周囲に真似をする人は現れなかったのです・・・
ただ
うまくいくか
うまくいかないかは
よく分からないけれども
最初の一歩を踏み出す勇気というものが
本当に大事になってくるんだと思う
何かにチャレンジするのは
やっぱり怖いし、結果を出すためには
それなりに頑張らないといけない
日々プレッシャーにも追われると思う

反対に
今 暮らせていけているんだから
何もしないで今まで通りプライベートを満喫する
生き方もアリだと僕も思う

何かチャレンジしたら失敗もするかもしれない
結果を出すために必死で
努力しないといけないときもあるかもしれない
でもさ10年とか長いスパンで見たときに
人生が良い方向に変わっている可能性が出てくる

何も行動を起こさなかったら
日々は安穏として
ゲームしたりユーチューブ観たり
それは、のびのび楽しい生活だと思う
10年とか長いスパンで見たときに
何か変わっているかといったら
何も変わっていない確率の方がとても大きいと思う

長い目で見たときに
現状の生活のままが良いのか
何かにチャレンジして生活を良くしたいのか
あなたはどっちがいいのか?
そういうことだと思う

それは人それぞれで価値観が違うから
僕にはどちらが良いとは言えない

僕の生活レベルが変わっていく姿を
横目で見てきた周囲の人たちでさえ
誰一人として
一歩踏み出すことをしていない現実もあるしね

読者の中にも投資資金が工面できない人たちは多いと思う
そこで立ち止まらないでさ
ダブルワークしてさ
諭吉さんや栄一さんが7~8枚増えるのは確実だからさ
そのお金の一部をインデックス投資に回せばいい
インデックス投資(経済の指数に連動した投資信託を買うやり方)
それならば
決算書や企業の業績なんて
一切見なくてもよいし
目利きもいらない
勉強もいらないし
ただ自動的に積み上がるのを待つだけ
結果を見ても見なくても成績は変わらないから
投資をしていることさえ忘れてしまっても
全く問題にならない
難しく考える必要はないさ
必要なのは
成功するかしないか
良く分からないものに最初の一歩踏み出す勇気だけです
それだけで老後の心配は
だいぶ軽くなるのではないですか?

何が正解なんてことはありません。
最後は貴方の望むように
生きればそれでいいのです。

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